EGUCHI HOLDINGS GROUP

夢を現実に!!! 祝400回-2!! 2017/11/13 【 Vol 401 】


こんにちは!
先日に引き続き400回目の続きを書いております。

エグチホールディングス株式会社 江口勝義 です。
いつも読んで頂きありがとうございます!

小学校は名古屋市守山区にある、白沢小学校と言う学校に1、2年生の時に通いました。

3年生からは同じく守山区の小幡小学校へ。
物心ついてから、初めての引っ越し、転校を経験しましたが、引っ越す時の皆からの温かい言葉や、お別れの品をもらった事はずっとわすれません。

あんなに酷いことばかりしてきたのに…涙

その時に引っ越した家はここです。
両親はずっと年老いたら九州に帰りたいと常日頃から言っており、ずっと借家住まいでした。



小幡小学校に通う様になると、前にも増して乱暴を働いていました。
朝の挨拶がわりに飛び蹴りやパンチ。
カバンは歳下の子に持たせて手ブラで登校…
歯向かう奴には容赦しないと言う、本当に酷い小学生でした。
高学年位になると一応落ち着きは見せてましたが、低学年の頃は殴り合いばかりしてました…

実際、高学年になると空手の黒帯になっていたのを先輩や同級生達も知っていたので、気味悪がって歯向かって来ない。
なのでドンドン行動はエスカレートして行ってました…

今の時代なら大問題ですよね…

この頃になると何事も本気でやることから逃げていました。
名前の通り「 勝義 」なので、勝つこと以外は意味がない。
勝つ事に意義がある!と、育てられていましたので…

いつでも何でも勝てる訳はなく、勝負事から逃げまくっていました。
勝負を本気でしなければ負ける事は無い。
勝てない事が受け入れられないんですよね。
何事も負ける事が大嫌いなんです…

小学校五年生で始めた少年野球も、本気でやらず、真面目にもやらないのでずっと補欠のまま。

たまにやる気を出したとしても、いつも本気でやっている奴に勝てるわけはなく、やる気が全く出ない。

僕が試合に出る事なんて無いのに、真冬のグラウンドに親父がたまに見に来たりしていて、子供心ながらに親父に情けないところを見せてしまっている…
なんとか報いたい…

そんな事を思ったりしていました…。

6年生の秋頃になると、このままではダメだ。
この補欠仲間のダメな奴らと一緒にいては、本当にダメなやつになってしまう!
と、思い直し、バットの上げ下げ、攻撃時の声だし、そして嫌いな練習を夜も寝る前に素振りしたりと本気でやり始めました。

その努力を当時の監督に買われ、ある時大事な場面で代打で出させてもらいました。

この場面は今でも脳裏に焼きついており、何かあると「 人間やれば絶対にできる! 努力は報われる! 」と言う、自分を奮い立たせる勇気の糧としています。

回は中盤の攻撃、ランナー2塁。
代打を告げられた時、何も考えずに練習通りにやりきることだけを考えてバッターボックスに立ちました。

少年野球は変化球は無いので、真ん中に来たら思いっきり振ろう!と思って振った二球目、真芯を食った打球が相手ピッチャーの顔面を直撃。

そのボールがファーストの右側に大きく転がって行き、タイムリーヒット。
あの時の手の感触と報われた努力…
一生忘れる事はないと思います。

その後の打席もセンター方向へ二塁打を打ち、初めて野球って面白い!!と。

これは野球を一生懸命やって来た人にとっては、別に普通のことかもしれません。

僕の場合、一生懸命にやった事が無かったのが幸いして、この時の出来事を〝 成功体験 〟として心の引き出しにしまう事が出来ています。

大人になって本当に大事な事は、些細な事でも何でもいい。
思い出せる成功体験をいくつ持っているか?はかなり重要な事だと考えています。

過去の自分の成功体験より、心の拠り所とする事が出来るものは無いのですから。

僕たち姉弟が物心付いた時からずっとおっ母さんは新聞配達や、内職、その他の仕事を沢山していました。
呑んだくれの親父の口癖は「 何億呑んだかわからん… 」でしたので、そりゃそうなりますよね…

稼いで来ても呑んだくれるし、鉄筋工事屋さんで下請けや孫請けの仕事をしていたので、家の中は決して裕福ではない。

雨が降っても雪が降っても朝3時に家をバイクで出て行くおっ母さんの後ろ姿を見て、将来は絶対に俺が楽にさせてやる。
何が何でも成功する…と、誰にも言わずに決め込んでいました。

実際、子供の頃から江口家の教えは「 人に使われるな! 」でしたから、本当に小さな頃から2つのことを決めていました。

1つ目は社長になること。
2つ目はお金持ちになること。
後々様々な人生の分岐点に於いて、これらの決め事はいつも僕の頭の中で鳴り響いていました。

空手を始めた僕を見ても、野球をしている僕を見ても、真面目にやれない我が子は、両親から見てかなり不安だったと思います…

「 コイツのアホさ加減は本当にやばい… 手に職を付けなければ… 」が、いつも頭にあったと思います。
実際、親父はお酒に酔うといつも
「 そんな成績では鉄筋屋しか道は無い! 」と、モチベーションだだ下がりの話しかして来ない…

そこでおっ母さんが僕たち姉弟に出した課題は、新聞配達。
お小遣いをやるから自分の配達を手伝ってくれ…と。

小学校三年生の時に、家から緑ヶ丘商業高校まで1キロ位の上り坂を2人で一本ずつ持って行ってくれと。

僕らに、自分で起きて行かなければならない独立心と、配達されていなかったらクレームが必ずくるので、毎日コツコツやらなくてはならない真面目さを教えようとしたのでしょう…

わざと配達をしてこなかったスポーツ新聞と普通の新聞を僕たちに持たせ、何があっても僕たちに行かせるのです。

僕は大人になり、親になって理解出来ましたが、お金はこうやって稼がなくてはいけない。
真面目にやる事が1番大事なのだと、口下手なおっ母さんから身を以て教えられました。

この後、キチンと毎日起きて行く事が出来る僕たちに、おっ母さんは学校が終わってからの夕刊配りを勧めて来ました。

当時でもひと月1万円もらえたので、四年生には最高なアルバイトでしたが、周りの友達は皆遊んでいるのに…
僕たちだけどうして…?
と言う気持ちもありましたが、今となっては、おっ母さんと話す時に僕は言います。

うちは親父でなく、おっ母さんが凄かった。
中でもこの新聞配達の経験をさせた事が、親として最大の子育てだったと。

おっ母さんは笑って聞き流しますが、今でもコツコツ真面目に何かをやらなければならない時は、この体験や、毎朝早くに起きて出て行くおっ母さんの後ろ姿をいつも思い出し、自分を奮い立たせます。

結果、毎日小さなことをコツコツやるだけで、それは人によっては成功体験となるんですね。

こうした、過去にやって来た小さな成功体験を子供達に想い出させれるように子育てをしなければいけない。

それは上司としても経営者としても、後輩や若手社員に対しても、小さな成功体験を積ませる事が最大の支援だと思います。

その成功体験の集合体が、必ずやれる!やれば出来る!と、本気で思える自信へと繋がっていく事を今では確信をしています。

長くなるので続きは次回。
いつも最後まで読んで頂きありがとうございます!


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