EGUCHI HOLDINGS GROUP

夢を現実に!!! 祝400回-3 ! 2017/11/18【 Vol 403 】


こんにちは。
一雨ごとに気温が下がり冬になって行く…
ちょっと寒いですね…

エグチホールディングス株式会社 江口勝義 てす。
いつも読んで頂きありがとうございます!

今回も前回の続きです…

中学校に通う様になると〝 キャプテン翼ブーム 〟が巷では大爆発。
僕も6年生の頃から、新聞配達が終わるといつも本屋で立ち読みを毎日していました。

中学校に行くなら野球はキッパリ辞めてサッカー部に入りたい。

空手は相変わらずやっていましたが、何か好きな事で本気でやれる、挑戦できるものを探していたので迷わず入部しました。

僕が通っていた名古屋市立守山東中学校は、一学年10クラスあり、1クラス40名以上はいたので全学年だとかなりの生徒数でした。

覚悟はしていましたが、入部してみるとメチャクチャに部員がいる…

実際に入部して数えてみると103名。
サッカーは11人しか出ることが出来ない…
これはどうなるんだ…

正直気持ちの半分はそう思いました。
でも、残りの半分は
「 相手がいる事は、やってみないとわからない。 」

先に書いた少年野球での〝 代打事件 〟もそうですが、空手をこの時までに6年やって来ており、市大会、県大会では姉と同じチームだったという事が幸いして、表彰台には何度も上がり、3年間の新聞配達も続けて毎朝毎夕コツコツやってきた…

その小さな自信を胸に〝 本気 〟で挑んでみることに決めました。
前にもブログに書きましたが、好きな女の子に補欠でいるところを見られたくない。
本気でやるしかない。

やるか?やめるか?2つに1つしかない。
そう自分を追い込んで、上手い人たちとの差を埋めないと…

毎朝の緑ヶ丘商業高校への一本の新聞配達は中学校時代も続いており、その時にボールを一緒に持って行きリフティング、キックの練習。
毎日やってました。

暫くすると、あれだけいた一年生達は、連日続くしごきに耐えられずにどんどん脱落。
「 あー… やっぱりな… 」
絶対にブームなだけで入部した奴らはすぐにやめる。

僕もなので人のこと言えませんが、大体の人達は最後までやらずに途中でやめる。
何事も途中で諦める人は成功しようがない。

そんな事をこの歳くらいには知っていました。
僕にとってはその後のレギュラー争いが本番です。

以前に書いたことがあるので詳細は書きませんが、ずっとコツコツ練習をやり続け、最後には見事レギュラーになれました。

毎日のコツコツ練習を続けるのと共に、この時の103人の中の11人に残ることが出来た経験は、言うまでもなく最高の思い出として、心の1番上の方の引き出しにしまってあります…

言い訳をせずに頑張れば、やっぱり結果はついて来る。

高校になると遊び以外はやる気もなく、バイクとパチンコとケンカばかりしてました…

東邦高校に通いだした初日…
同じクラスに名古屋中の、不良なら誰もが知っている、T君がいました。

彼の今の立場があるので詳しくは書きませんが…笑

いや…物凄い不良なんですよ…

僕はヤンキーだとか元暴走族と言われたりしていますが、キッパリ! 違います。

僕は守山と言う田舎のチョイ〝 不良 〟です。

T君はヤバイ。
間違いなく同年代の名古屋代表クラス。
かれのヤンチャぶりに度肝抜かされまくりで楽しい学園生活でした。

彼ら不良の友達との遊びなどで、社会性や社交性を学び続け、夜になると毎日の様に栄に出向き遊び倒していました。

こんな楽しい毎日がずっと続けば良いのに…
しかし…涙の高校卒業が迫ってきました…

当たり前だけどやっぱり来たか…
高校時代になると遊び倒していたので、バイトも全然続かない。
数日働くと極度に行くのが嫌になる。

まぁ、結局ワガママなだけなのでしょうが、
どう考えて、養老の滝で皿洗いしてた時も、ガソリンスタンド、魚屋、ファミレス…

色々やりましたが、このままやってて社長になれる、成功すると言うイメージが重ならない。
そう言う〝 言い訳 〟を自分の中でしながら毎回すぐにバイトを辞めていました…

高校生の頃は何かに打ち込んだと言う記憶は全くなく、とにかく毎日を遊び倒して充実していました。

そして涙涙の卒業式がやってきて、仕方なく、泣く泣く、イヤイヤ社会に出ることになりました。

先にも書きましたが、我が家は中卒の両親が鉄筋工事屋をやっていました。

本当に働くのはいやで、遊んで暮らしていたいけど…
仕方なく家業を手伝う事に。

当時はバブルの絶頂期。
世の中は仕事で とお金が溢れかえり、人さえいれば仕事はいくらでもある。
我が家、〝 江口鉄筋 〟としては、運転手が欲しい。当時の鉄筋屋さんは変わり者や荒くれ者ばかりで求人は今と同じで一苦労。

弊社では、忘年会や飲み会があると必ず殴り合いの喧嘩に終わり、今考えると普通じゃない環境で過ごしていました…
この時はこれが普通だと思ってたところが恐ろしい…

そんな環境なので、まともな人はウチになんか来ないですよ…笑

手元に置いて監視できるし、仕事の厳しさを教えることもでき、運転手にも使える。
車の免許と車を買う金を貸してやると言われ、入社したのですが…

紆余曲折ありまして…
一年でやめました…
辞めるときには車で作った借金がオヤジに600万円程ありました…
それで縛ろうとして来るけど…
仕事もキツイのですが、やっぱりオヤジと合わない。

一緒に仕事をやるのが本当にキツくなっちゃったんです…

長くなるので続きは次回。
いつも最後まで読んで頂きありがとうございます!!