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オイルショックってなに?電気やエネルギーの歴史・事件を知ろう!



「オイルショック(石油危機・せきゆきき)」という言葉を聞いたことがありますか? 子どもはもちろん、小学生くらいのお子さんを持つ親の世代(せだい)も、「学校の教科書で読んだ」「テレビで見たことがある」という人が多く、オイルショックを経験(けいけん)した人は少ないのではないでしょうか。

そこで今回はオイルショックについて見ていきましょう。親子で「こんなことがあったんだね」と話しあってみるのもいいですね。

 

中東の情勢がもたらすエネルギー危機


「火力発電にはどんな燃料が使われているの?電気のことをもっと知ろう」の記事で、火力発電(かりょくはつでん)に使う石油は輸入(ゆにゅう)にたよっていることをご紹介しました。輸入先は、中東諸国(ちゅうとうしょこく)がほとんど。

この中東諸国の情勢悪化(じょうせいあっか)により、石油を輸入できなくなるかもしれない、そんなエネルギー危機(きき)が間近にせまっていた時代があったのです。

第四次中東戦争が引き金になったオイルショック

オイルショックのきっかけは、1973年に起こった第四次中東戦争(だいよじちゅうとうせんそう)です。これは中東のエジプト・シリアなどのアラブ諸国(しょこく)と、イスラエルが起こした戦争です。

この戦争でアメリカがイスラエルに協力をしたため、苦戦(くせん)したアラブ諸国がある決定をしました。

それは「原油(げんゆ・石油の元となるもの)の価格(かかく)を70%引き上げる(※1)」「イスラエルに協力する国への石油の輸出(ゆしゅつ)をストップ(※2)」、というもの。これによってアメリカと同盟関係(どうめいかんけい)にある日本も、石油が輸入できなくなるのではという可能性(かのうせい)が生まれたのです。

このアラブ諸国の決定により、世界中に経済的(けいざいてき)な混乱(こんらん)を巻き起こしました。これを「オイルショック」と呼んでいます。

※1:1973年10月16日に石油輸出国機構(せきゆゆしゅつきこう・OPEC))のペルシア湾岸(わんがん)6カ国が発表
※2:1973年10月17日にアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が、原油の生産を減らして輸出を止めることを決定

日本はオイルショックでどんな影響を受けたの?

原油価格が上がったことや、輸入できなくなる可能性から、ガソリンや灯油などが足りなくなっていきました。また物の価格(物価・ぶっか)もどんどん上がっていき、インフレ状態にもなってしまいます。オイルショック前の20%も物価が上がってしまったのです。

このオイルショックにより、少しでもエネルギー使用量をおさえようとさまざまな対策(たいさく)がおこなわれました。夜の街を照らすネオンサインを消したり、日曜日はガソリンスタンドを休みにしたり。日本中で「省エネルギー(省エネ)」「省資源(しょうしげん)」という言葉が流行し、省エネの動きが起こったのです。

トイレットペーパーがなくなるというウワサ

オイルショックですぐに思い浮かぶのは、「トイレットペーパーの買い占め」かもしれないですね。テレビや教科書などで、トイレットペーパーを買い占める人々の姿を見たことがある人も多いことでしょう。

これは紙がなくなってしまうというデマが発生したことにより、トイレットペーパーが手に入らなくなるという「ウワサ」が日本中をかけめぐったからなのです。当時はオイルショックにより、日本中がパニック状態(じょうたい)になっていました。

第二次オイルショックもあった!

オイルショックは1979年に起きたイラン革命がきっかけとなる、第二次オイルショックもありました。しかし最初のオイルショック(第一次オイルショック)による経験と反省(はんせい)があったため、大きな混乱はなかったということです。

 

オイルショック後のエネルギー問題はどうなっていったの?


日本では発電や工業製品(こうぎょうせいひん)の製造などに、輸入した石油を多く使っています。オイルショックによって、石油の輸入に依存(いぞん)するエネルギー状況の見直しも進みました。

「原子力発電(げんしりょくはつでん)」の推進(すいしん)や、太陽光・風力・水力といった再生可能エネルギーの研究や開発に力を入れるようになったのです。さらには、「地球温暖化(ちきゅうおんだんか)」や「二酸化炭素削減(にさんかたんそさくげん)の点からも、再生可能エネルギーへの注目度は時代とともに高まっていきました。

いま日本でつくられるエネルギーは、再生可能エネルギーが占める割合が増えてきました。まだまだ石油も多く使われており、火力発電が主力ではありますが、オイルショックの教訓(きょうくん)は今もたしかに生きているのです。